映画大師袁牧之の娘である袁小牧さんは天一閣で祖先のルーツを探す
情報源:天一阁博物馆リリース日:2017-11-20 
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11月17日午後、映画大師袁牧之の娘である袁小牧さんは寧波に戻って天一閣へ袁氏家系図を検索していました。

袁牧之は元々の名前が袁家莱であり、1909年5月30日に寧波生まれで、中国人民映画事業最初の組織者とリーダーの一人です。1946年袁牧之は東北映画製作工場の第一任工場長、文化部映画局の初任局長を担任していました。袁牧之は中国映画史上で優秀な映画《马路天使》を撮影し、今でも広く知れ渡っています。その挿入歌である《天涯歌女》はよく知られています。同時に、彼は国歌《义勇军进行曲》のオリジナル歌手です。これらの作品はいずれも袁牧之が中国音楽史、中国革命史での地位を表しています。中国画意外の五大リーダーの一人として、袁牧之の銅像は中国映画博物館で保管されています。袁牧之の旧居は南郊路(現在の南塘老街)にあります。袁牧之は小さい頃本街にある袁氏嵩志小学校を通っていました。7歳の時、父親が亡くなって、家が落ちつぶれました。12歳の時に、上海へ親戚に身を寄せてから、故郷との連絡を絶ちました。

今回、袁牧之の娘である袁小牧さんはわざと寧波に戻って祖先のルーツを探しに来ました。「家系図は根源の証拠です。天一閣では袁氏の家系図が保管されていると聞いたので、ずっと自ら確認してきたかったのです。今日はこんなに近い所で家系図を接触できるのは幸いです。長年の夢は叶えました。」と袁小牧さんはこう言いました。天一閣の専門家の協力で、袁小牧さんは変色した《鄞邑城南袁氏三修宗谱》を開き、父親と祖父の名前が見つかりました。そして、家族の歴史を宋まで遡りました。袁小牧さんはの家族が南宋四大望族の一つで、祖先の中で状元になっていた人もいることに驚きました。家系図の中で、祖先の画像と家屋の地図と家廟の地図を見てしきりに感嘆していました。「祖先は我々の光栄です。これらを見て、家族により一層濃厚な帰属感が生じます。」と袁小牧さんは言いました。


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